広島高等裁判所 平成5年(ネ)392号 判決 1998年4月30日
平成五年(ネ)第三九二号事件控訴人、同第四七六号事件被控訴人(以下「一審被告」という。)
西日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
南谷昌二郎
右訴訟代理人弁護士
樋口文男
平成五年(ネ)第四七六号事件控訴人(以下「一審原告」という。)
山田禮正
平成五年(ネ)第三九二号事件被控訴人(以下「一審原告」という。)
藤本敬三
外二一名
右一審原告ら訴訟代理人弁護士
阿左美信義
同
佐々木猛也
同
津村健太郎
同
坂本宏一
同
池上忍
同
山口格之
同
石口俊一
同
廣島敦隆
同
我妻正規
同
笹木和義
主文
一 原判決主文第一項中、一審原告藤本敬三、同村上雅春、同東城行宏、同小松謙二、同細川完勝、同藤野雅俊、同伊藤忠晴、同西岡広伸、同森淳、同隅正晴、同藤本明、同浅野裕、同塚本勝彦及び同久保将樹に関する部分を取り消す。
二 右取消しに係る一審原告らの各請求をいずれも棄却する。
三 一審被告の一審原告阪倉一夫、同竹中信二、同松永美砂男、同峰岡敏夫、同豊田信文、同福本正彦、同西海信利及び同吉本栄に対する本件控訴及び一審原告山田禮正の本件控訴をいずれも棄却する。
四 右取消しに係る一審原告らと一審被告との関係に生じた訴訟費用は第一、二審を通じて右一審原告らの連帯負担とし、前項記載の山田禮正を除く一審原告らと一審被告との関係に生じた控訴費用は一審被告の負担とし、一審原告山田禮正と一審被告との関係に生じた控訴費用は同一審原告の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 (平成五年(ネ)第四七六号事件)一審原告山田禮正
1 原判決を取り消す。
2 一審被告は同一審原告に対し、二万五三九九円及びこれに対する昭和六二年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 (平成五年(ネ)第三九二号事件)一審被告
1 原判決主文第一項(原告吉本健治及び同中村雄二に関する部分を除く。)を取り消す。
2 右取消しにかかる一審原告らの請求を棄却する。
第二 事案の概要
一 一審原告らはいずれも一審被告の社員であるが、昭和六二年度の夏季期末手当(以下「本件夏季手当」という。)の支給を受けた際、一審被告が一審原告らの成績率を五パーセント減額査定し、一審原告らに対して別紙一覧表の各一審原告氏名欄に対応する各金額記載の金員を支給しなかったことは不当労働行為に該当し、又は考課査定権の濫用に該当するとして、賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき右各金員の支払いを求めた事案であり、原審判決において、一審原告山田禮正の請求が棄却されその余の一審原告らの請求が認容されたのに対して、一審原告山田禮正及び一審被告が控訴したものである。
なお、当審において、原告吉本建治及び中村雄二が訴えを取り下げた。
二 争いのない事実など
原判決九頁九行目から一三頁末行までを引用する(ただし、原判決一三頁三行目の「第八四号証」の前に「第七五号証、第七七ないし第八二号証、」を加える。)。
三 争点
本件における争点は、本件減率査定が不当労働行為又は考課査定権の濫用に該当するか否かである。
四 争点に対する一審原告らの主張
1 不当労働行為
(一) 一審被告は設立以来、国労を嫌悪し、敵視する行動を繰り返してきたが、本件減率査定は、右の行動の一環として、一審原告らを含む国労の役員及び活動家に対し、集中的になされたものである。このことは(二)以下で詳述する従前からの不当労働行為の経過、減率査定を受けた者の大半が国労組合員であること、本件カットは国労の役員・活動家を狙い撃ちにしたものであること、組合バッジの着用を減率の理由としていること、一審原告らの勤務成績評定にあたり、具体的事実を欠いたり、さしたる事象でもないことを殊更取り上げ批判しながら、その一方で、積極的に評価すべき事象は殊更無視する手法がとられていることなどから明らかである。
従って、本件減率査定は一審原告らが国労組合員であること、もしくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもってなされた不利益取扱いであり、かつ、国労に所属する一審原告らを不利益に取り扱うことにより、国労の弱体化を図るものであるから、一審被告の国労に対する支配介入であり、労組法七条一号、三号の不当労働行為に該当する。
(二) 国鉄分割民営化と国労に対する不当労働行為
(1) 第一次労使共同宣言の締結
昭和六一年一月一三日、国鉄当局が国鉄分割民営化を所与の前提とした上で、国労の方針であった「分割民営化反対」の方針変更を迫り、分割民営化を進めようとする国鉄当局への全面協力・協調を求める「労使共同宣言(案)」を突き付けて各組合に受諾を迫った。
国労はこの締結を拒否したが、杉浦国鉄総裁は昭和六一年一〇月二一日の衆議院・国鉄改革に関する特別委員会において「過去一年あるいは一年半のできごとを振り返ると、信頼関係を樹立することができる組合とそうでない組合とが明瞭に分かれてきた」「労使共同宣言に調印できないあるいはすることに反対である組合に対しては信頼はもてない」と明言し、その後国労敵視と弱体化の労務政策は、一段と強化されるに至った。
(2) 葛西職員局次長の発言
葛西国鉄本社職員局次長は昭和六一年五月二一日次のような発言をした。
「私はこれから山崎(当時の国労委員長)の腹をブン殴ってやろうと思っています。みんなを不幸にし、道連れにされないようにやっていかなければならないと思うんでありますが、不当労働行為をやれば法律で禁止されていますので、私は不当労働行為をやらないという時点で、つまり、やらないということはうまくやるということで(笑い)ありまして……」
職員局次長といえば、国鉄労務政策の最高責任者のひとりであるばかりか、経営トップのひとりでもあった。その後、葛西次長は東海旅客鉄道株式会社の取締役になり、副社長を経て、現在その代表取締役社長の地位にある。
(3) 岡田車両機械課長の文書
また葛西次長の発言と同時期の昭和六一年五月には、国鉄本社車両局の岡田機械課長が全国の各機械区長に対して文書を送付して、「管理者は自分の機械区(の国労)は自分の責任において潰すのだという居直りが必要不可欠である」とまで述べて、全国に国労潰しを指示した。
(4) 人材活用センターへの差別的配属
イ 昭和六一年六月二四日、国鉄当局から「人材活用センター」の設置が突然発表され、同年一〇月一日時点では、全国に一三八三箇所、一七七二〇人が配属され、広島鉄道管理局においても、同年九年一日の時点で一〇〇箇所、八七九名の国鉄職員が配属された。「人材活用センター」の設置目的は、「余剰人員の有効対策」とされ、「活用策の具体例」として「団体旅行等の募集」などの「増収施策」や「外注業務の直営化」などの「経費節減施策」などがあげられていたが、その実態はベテランの車両修理技術者や運転士等に竹細工や文鎮作りをさせたり、駅員に元職場の床掃除をさせるなどというものであり、そのあまりの「人権侵害」的実態の故に、マスコミも「強制収容所」とその実態を糾弾し、その悪名は海外にさえ知れ渡った。
ロ 国鉄当局はこの「人材活用センター」に、国労組合員を集中的に配属し、国労の組合役員・活動家が根こそぎ職場から追放され、「人材活用センター」に隔離された。昭和六一年一〇月一日時点で全国の「人材活用センター」へ配属された職員の約八〇パーセントが国労組合員で、その対組織比率も約一〇パーセントで、労使協調路線をとる動労、鉄労と比して圧倒的高率となっている。広島鉄道管理局管内での配属状況も、同年九月一日時点で配属者の90.6パーセントが国労組合員であり、その対組合員比率も11.2パーセントという高率を示していた。
ハ 人材活用センターへの配属は余剰人員の特定とされたため、「人材活用センター」へ配属された組合員は雇用不安の圧迫を受け、これを理由とした国労からの脱退工作が展開されるに至った。
(5) 国鉄総裁による他労組賛美と国労非難
国鉄当局は、労使協調路線をとる動労、鉄労の両組合をことあるごとに賛美する一方、言外に国労を敵視し、国労を抜けなければ新会社への雇用が保証されないかのごとき発言を繰り返し、杉浦国鉄総裁は、昭和六一年七月八日の動労大会で国労を非難したうえで、動労を持ち上げ、「真面目に働く方には新しい事業体へ行っていただき、健全な鉄道として生まれ変わっていく」などと、あたかも国労組合員は真面目に働いていないから新会社に入れないかの如き発言をし、同日おこなわれた鉄労大会でも、同様に、国労組合員は新会社への採用にあたって差別されるが如き発言を行った。
(6) 第二次労使共同宣言の締結
昭和六一年八月二七日、国鉄当局と動労、鉄労などの協調組合は、新たな労使共同宣言を締結し労使協調路線を採る特定の組合の組合員の優先雇用・優先待遇を明確にするなど、国労などこれに反対する労働組合の組合員に体する排除・選別を宣言し、その翌日、国鉄当局は「これまでの動労がとってきた労使協調路線を将来にわたって定着させる礎としたい」(総裁談話)として、国鉄当局が国労・動労双方の財政的破綻を狙って提起していた昭和五〇年一二月のスト権ストについての二〇二億円の損害賠償請求訴訟のうち、動労に対するもののみを取り下げた。
(7) 個々の組合員に対する攻撃
さらに国鉄は、個々の国労組合員に対しても、前記「人材活用センター」への国労組合員の差別的配属を始めとして、駅等での掲示板の撤去、掲示物・発行物に管理者が難癖を付ける等の攻撃や、懲戒処分、昇給・昇格差別・(昭和六一年から新たに導入された)夏季手当・年末手当のカットが行なわれた。こうした激しい国労敵視・差別の労務政策により、国労の組織人員は昭和六一年六月以降急激に減少し、昭和六一年六月には一六万一〇〇〇人を擁していたが、七月一五万七〇〇〇人、八月一四万五〇〇〇人、九月一三万五〇〇〇人と毎月一万人もの脱退者が出た。
(8) 新会社の採用・配属における国労差別
昭和六二年二月一六日に国鉄が設立委員会に提出した名簿により、設立委員会は、全員をそのまま「採用」した。その結果、分割民営化に反対し続けた国労組合員は、全国で約五〇〇〇名が新会社に不採用となった(当時の全国組織率は二七、八パーセントに過ぎないのに、全不採用者の約七〇パーセントを占める。)。これに対し、労使協調の鉄労や動労などの鉄道労連グループで不採用となったのは全国でわずか二九名(全国組織率は約五七パーセントを占めるのに、全不採用者の約0.4パーセント)に過ぎなかった。
また国鉄当局は同年三月、新会社に採用された者に対し配属命令を発したが、多くの国労組合員が運転手、検査・検修係等の本来職場から、売店や旅行センター等の職場へ一方的に配転されるなど、配属における露骨な差別が行われた。広島地労委においても、平成二年四月一一日、一審被告に対し、国労組合員九名に対する配属命令は不当労働行為であるとしてこれを取り消し、右国労組合員らを原職復帰させるよう命ずる旨の救済命令が出されている。
(三) 一審被告における不当労働行為
一審被告は、新会社といっても、国鉄から鉄道事業という最も重要かつ基本的な事業とその事業に必要な資産、施設及び機構の全てを引き継ぎ、事業は瞬時も休むことなく継続され、承継法人の役員及び社員は、代表取締役の一部を除いて全て国鉄職員がそのまま採用されている。従って、国鉄とその承継法人たる一審被告との間には、実質的には同一性、連続性が認められ、国労に対する不当労働行為と攻撃は分割民営化直後の緊迫した空気の中で、更に凶暴さを増していった。特に本件夏季手当減額当時は、分割民営化の直後という緊迫した状況にあり、一審被告は、新会社発足後も分割民営化に反対し続けていた国労に対し、本件夏季手当減額のような露骨な不当労働行為を行ったのである。
(四) 一審被告広島支社における減率対象者
一審被告の広島支社(以下「広島支社」という。)における本件夏季手当の査定対象者は七五九四名であった。このうち減率査定を受けた者は一二四名であって、右査定対象者中に占める割合は1.6パーセントにすぎなかったが、広島支社における国労組合員五三〇名のうち、減率査定を受けた者は五三名であり、国労組合員に関しては、一〇パーセントにものぼる社員が減率査定を受け、減率査定を受けた総員一二四名に対する国労組合員の割合は四〇パーセントを越えていた。本件減率査定が国労組合員を露骨にねらい打ちにしたものであることはこの点からも明白である。
(五) 組合バッジ着用行為について
(1) 本件減率査定においては国労組合員であることを表象する組合バッジの着用行為が減率の理由とされた。しかし、(2)以下で詳述するとおり、組合バッジの着用行為は、組合員が当該組合の一員であることを顕示して、組合意識を高め、組合の団結保持に資する目的を有するものであって、団結権の一態様であるから、組合員が組合バッジを着用しても、それによって職場の規律を乱したり、業務運営の妨げとなるなどの特段の事情が認められないかぎり、正当な組合活動というべきであり、本件では右特段の事情は存在しないから、就業時間中であっても、就業規則に違反するものとはいえない。しかるに、一審被告が組合バッジの着用行為を減率の理由としたことは、国労の組織を弱体化または破壊しようと企図したものである。
(2) 最高裁判例は、就業規則の効力について、使用者が一方的に制定出来る就業規則は、法的には、当然に労働契約関係における規範となるものではなく、合理的な労働条件を定めているものである限りにおいて、労働契約の内容となっている労働関係を規律するものであるとの立場に立っている(最高裁大法廷昭和四三年一二月二五日判決・民集二二巻一三号三四五九頁)。したがって、就業規則の解釈、該当性の判断についても、その文言通り、形式的に適用するのではなく、当該労働者の行為が、実質的にみて企業の業務運営や職場秩序に支障をきたすおそれがあると認定できるか否かを考察し、合理的な限定解釈をしたうえで、当該行為が就業規則に違反するかを判断するという手法を採用している(最高裁第三小法廷昭和五八年一一月一日判決・判例時報一一〇〇号一五一頁)。
形式的には就業規則の文言に反するビラ配りの事案につき、「本件ビラ配布は、許可を得ないで被上告人の学校内で行われたものであるから、形式的には就業規則一四条一二号所定の禁止事項に該当する。しかしながら、右規定は、被上告人の学校内の職場規律の維持及び生徒に対する教育的配慮を目的としたものと解されるから、ビラの配布は形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの内容、ビラ配布の態様等に照らして、その配布が学校内の職場規律を乱すおそれがなく、また、生徒に対する教育的配慮に欠けることとなるおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には右規定の違反になるとはいえず、したがって、これを理由として就業規則所定の懲戒処分をすることは許されないというべきである」と判断した最高裁判決も存在する(最高裁第三小法廷平成六年一二月二〇日判決・民集四八巻八号一四九六頁)。
(3) 本件組合バッジは、その形状において僅か縦1.1センチメートル、横1.3センチメートルという四角形の金属版にNRUと表示しているに過ぎず、着用の目的も、その所属する組合を表示するだけのものであって、使用者に対する要求や何らかの意思を記載したリボンを着用して争議行為の付随的戦術として行うリボン闘争とは異なるものであるから、業務阻害の抽象的危険があれば、これを違法とするリボン闘争違法説に立っても、業務阻害の抽象的危険すら認められない本件組合バッジの着用行為を違法とすることはできないものであり、一審被告が引用するプレートやワッペンに関する判例は本件の参考とはならない。
(4) 国鉄時代の職場規律の問題は、それが証拠によって、具体的な事実として証明されていることではなく、一審被告が一方的に主張しているに過ぎないし、仮に一部にそのような事実があったとしても、職場規律を維持・確立する問題と正当な組合活動を禁止する問題は、全く別の次元の問題であり、同じ次元の問題として同一視して、正当な組合活動まで禁止する合理的理由とならないことは言うまでもない。
そもそも、組合バッジの着用行為そのものは、国鉄時代の長きにわたって慣行として認められてきたものであり、組合バッジの着用によって業務の円滑な遂行に支障をきたしたこともなく、私企業である私鉄などにおいても組合バッジの勤務時間中の着用は許されているところである。
組合バッジの着用と職場規律を維持・確立する問題とが、全く別の次元の問題であり、組合バッジの着用が業務の円滑な遂行に支障をきたすものでないことは、国労組合員の組合バッジの着用行為に対し、一審被告が、業務を具体的に阻害する行為という理由から組合バッジを外すように指導した事実がなく、その多くは、服装規程に違反するか、形式的に就業規則に違反するという指摘だけであるということからも明らかである。
(5) 国労が、その所属する組合員に組合バッジを着用させて、殊更に労使間の対立を意識させ、増大させたのであるから、これが職場の規律と秩序を乱すおそれのある行為といわざるをえないとの指摘は、的外れである。本件当時、国労は、争議行為の付随的戦術としてはもちろんのこと、組合の要求実現を意図して組合バッジの着用行為を位置付け、その所属する組合員に勤務時間中に組合バッジを着用することを指示した事実はないし、そもそも、組合バッジ自体にそのような意味合いを持たせることはできないものである。
むしろ、当時は、国労を脱退するものが相次いだために、国労組合員が、会社側の不当な支配介入に屈することなく国労組合員であり続けることを対外的に示すものとして、組合バッジを着用していたのであるから、組合としての団結権を守るという組織防衛的な意味合いが強かったのである。
また、組合バッジに対する注意、指導が、正当な組合活動に対する不当な介入である以上、これに対して、当該組合員が、説明を求めたり、不当な支配介入として、指導に従わない旨の意思を示すことは、組合員としては、当然の行動であって、これをもって、職場内において労使間の対立を意識させ、職場秩序を乱すおそれを生じさせるために組合バッジを着用したことにあたらないことは言うまでもない。
したがって、国労の組合バッジの着用行為は、一審被告の業務に支障を生じさせるおそれすらなく、労働者の債務の本旨にしたがった労務の提供と両立するものである以上、一審被告が主張する就業規則の各規定に実質的に違反する行為とは認められないものである。
(6) 就業規則二〇条違反について
服務規律の諸規定の解釈についても、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲に限定され、労働者の人格、自由に対する行き過ぎた支配や拘束は許されないと解すべきである。
ハイヤー運転手が、口ひげをはやすことが「ハイヤー乗務員勤務要領」中の身だしなみ規定たる「ヒゲをそり、頭髪は綺麗に櫛をかける」との定めに反するか否かが争点となった訴訟で、「企業が経営の必要上、容姿、ひげ、服装、頭髪等について右の規定のような合理的な規律を定めた場合、その規定は労働条件の一つとなり、従業員はこれに則した労務提供義務を負うが、同規定で禁止されたヒゲは「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」のみを指し、本件のように格別の不快感や反発感を生ぜしめない口ひげはそれに該当しない。」との解釈を示した判決例がある(東京地裁昭和五五年一二月一五日判決労民三一巻六号一二〇二頁)。
また本件と同様、東日本旅客鉄道株式会社が国労組合員につき組合バッジを着用していたことを理由として夏季手当を減額したことが不当労働行為であるか否かが争われた事件につき、次のような判決例のあることを考慮すべきである。
「本件組合バッジは、その形状、色彩、大きさからみてこれを見る一般人が特に違和感を覚えるような特徴点もないため、これを襟等に付けていることにより利用客が不快感を抱くとも考え難いし、乗務員等の識別に影響を与えるものともいえない。本件組合バッジは、リボン・ワッペンとは異なり、平常は闘争的色彩を帯びないものである。本件組合バッジの着用により、職場で従業員の対立や混乱が生じたこともなかった。
そうすると、服装の整正の観点から見る限り、本件組合バッジの着用によって、利用客に不快感を与えたり、職場規律の弛緩によって、利用客の生命、身体、財産が脅される事態が生じたことはないし、その着用がそれらの虞を生じさせるものではないというべきである。しかも、国鉄当時は、動労、鉄労等の国労以外の他の組合員もそれぞれ自己の属する組合の組合バッジを着用していたが、国鉄は、組合バッジの取り外しを指導したり、その着用を理由に処分したことは一度もなかった。以上からみて、国鉄当局も、本件組合バッジの着用が服装の規制に違反するものとは認識していなかったと窺うことができるから、本件組合員らによる本件組合バッジの着用は、実質的にみて、就業規則二〇条三項に違反するものではない。」(横浜地裁平成九年八月七日判決労判七二三号一三頁)
(7) 就業規則二三条違反について
前記横浜地裁判決は「勤務時間中の組合活動そのものは許されるが、勤務時間中の組合活動であっても、労働者の労務の提供に支障を与えず、使用者の業務の運営に障害を生じさせるものでない場合には、例外的に正当性を肯定するのが相当であり、本件組合バッジの形状は、目立たないもので、具体的な主義主張や要求事項が表示されているわけではなく、その着用は、組合員が着用している制服の襟又は胸にバッジが付いているという静的状態であって、国労の帰属意識、団結意思を高める心理作用とはいっても、そのための特段の身体的又は精神的活動を必要とするものではないから、職務に対する精神的集中を妨げるものとはいえない。すなわち、本件組合バッジの着用は、本件組合員らの労務提供義務の履行と支障なく両立するものと認められるのであるから、その着用自体が原告(東日本旅客鉄道株式会社)の業務の運営に障害を生じさせるものとはいえない。したがって、本件組合員らによる本件組合バッジの着用は、例外的に正当性が認められる場合に該当するものと解するのが相当である。」と判示している。
なお本件組合バッジの着用自体が労務提供義務の履行に何らの影響を与えるものではなく、本件組合バッジの着用が正当性が認められない組合活動とはいえないのであるから、原告職制による執拗な取外しの指示、指導により混乱が生じたからといって、正当性が肯定される組合活動がその正当性を失うことにはならない。
また、バッジの着用について、国労が同じ目的を達するために他に取ることのできる合法的手段があるので、本件バッジの着用禁止措置がなされたからといって、国労の組合活動に格別の支障が生じるわけではないことを就業規則違反であるか否かの判断にあたって考慮することは、会社は、組合活動に支障が生じない限り、就業規則で、組合活動を禁止することができることになり、組合活動を禁止されることが、即組合活動の支障になるのであるから、明らかに不合理である。
(8) 就業規則三条違反について
職務専念義務違反の点についても、これは、労働契約の目的である労務の提供義務履行過程において負担する義務であるから一審被告が主張するように広く無限定的にとらえるべきではなく、右義務違反の問題は、労働契約の本来的義務である労働提供義務の観点から、労務提供が所定の職務の遂行に支障を生じさせることなく履行されたか否かを中心に考えるべきで、企業秩序維持のために労働契約によって、労働者が企業の一般的支配に服するものと解すべきではない。最高裁判例も、従業員と企業との関係について「社会的にみて企業秩序が企業の維持運営に不可欠であり、労働契約関係は労働者の企業秩序維持義務を内包するものであるにせよ、労働者は、企業の存続と成長という企業の目的と多数労働者からなる組織的な協働関係のもとでの誠実な労働義務の履行にあたり、必要かつ合理的な限度で企業秩序に服するのであり、決して、企業の一般的な支配に服するものではない」と述べている(最高裁第三小法廷昭和五二年一二月一三日判決・民集三一巻七号一〇三七頁)。
前記横浜地裁判決では次のように判示している。「就業規則三条一項に規程する職務専念義務は、労働契約上要請される労務提供を誠実に履行する義務を意味すると解するのが相当であり、その内容については、当該具体的な労務提供義務を誠実に履行する上で必要な限度において考慮すべきであって、勤務時間中における職務以外の身体的活動及び精神的活動であっても、およそ右の義務に違反しないとされるものがあることは否定できない。従って職務以外のことには一切注意力を向けてはならないというような、いわば全人格的な従属関係を肯認することはできず、労務提供義務の履行としてなすべき身体的、精神的活動と矛盾なく両立し、かつ、業務を阻害する客観的虞のない場合には、職務専念義務に違反するものということはできない。本件組合バッジの着用は、本件組合員らの労務提供義務の誠実な履行と矛盾なく両立するもとのいえるし、会社の業務を阻害する客観的な虞があるとはいえないから、本件組合バッジを着用したことが就業規則三条一項の職務専念義務に違反するということはできない。」
2 査定権の濫用
(一) 査定手続の不当性
本件調査期間は一審被告が発足したその日である四月一日から五月三一日までである。一審被告の就業規則は、昭和六二年四月二七日、事業場の過半数で組織する労働組合等の意見聴取に着手し、同年五月一日に広島労働基準監督署に届け出られたものであり、一審被告発足時、就業規則さえ決まっていなかった。従って、四月一日当日、夏季手当について考課査定することは決まっていなかったし、もちろん査定基準等は現場長に明示されていなかった。査定に関する協約も、さらには就業規則も存在しない中で査定がその根拠なく許されるものでない。調査期間がきまったのは五月一三日になってからであり、その後六月一九日労働協約によって決定した。従って四月一日から少なくとも五月一三日までは査定をすることさえ決まらないままに査定していたことになる。
また査定基準については査定項目を文書化したのは七月になってからであり、査定基準は調査期間中文書で現場長に伝えられたことはなく、口頭で四月二五日に現場長に伝えられたというのである。現場長に対し統一的な査定基準、査定の仕方等の説明をしないで、かつ、四月一日から四月二五日までの間は現場長に全く査定基準が明らかでない状況で現場長は六月に勤務成績下位者調書(以下「下位者調書」という。)を作成したことになるが、このような査定は公正な査定とはいえない。
国鉄時代である昭和六一年に夏季手当の査定を実施した経験があるとしても、それはわずかな経験にすぎず、そもそも新会社が国鉄時代と同一の手法で査定を行うのか判然としなかったはずである。
このような状況故に五月三一日に通達の出されたフレッシュ二四キャンペーンは本件調査期間外のものであるのに、査定の対象とされてしまっている。また国鉄当時、国労バッジの着用が問題になったことは全くなく、まして処分や不利益取り扱いがなされたこともなかった。したがって、昭和六二年三月三一日まで許されていた行為が、翌日の四月一日以降禁止されたことになるが、四月一日以降国労バッジ着用を許さない旨を社員に明示したこともなく、このようなことがいつどこで決まったのかは社員にとって明らかでないまま陰でチェックされることになっている。査定手続を現場長に明らかにしたという四月二五日以前において、バッジ着用の有無を記録して査定の対象としていることは、合理的査定といえない。
(二) 一審原告らの本件調査期間内における勤務成績は普通以上であった。一審被告が主張する一審原告らの減率事由に対する反論は別紙三記載のとおりであり、一審被告の一審原告らに対する減率査定はいずれも裁量の範囲を逸脱してなされたものである。
五 争点に対する一審被告の主張
1 職場規律是正の取り組みについて
本件減率査定の合理性判断にあたっては、本件調査期間が国鉄の分割と民営化直後で、特に職場規律の厳正と保持が広く国民と社会からも要請されていたことを考慮すべきであるところ、民営化前後のこの点に関する経緯は次のとおりである。
(一) 国鉄における職場規律の乱れと是正への取り組み
(1) 昭和五六年秋の第九五回国会の衆議院及び参議院の行財政改革に関する特別委員会でヤミ慣行、ヤミ協定、ヤミ休暇、ポカ休等といった職場規律の乱れを指摘された。
(2) 昭和五六年一一月九日、国鉄は各鉄道管理局長等に対し、職場規律の是正に努めるよう指示した。
(3) 昭和五七年一月、ブルートレインのヤミ旅費支給の新聞報道に端を発し、国鉄の多岐に亘る職場規律の乱れが世論の大きな批判を浴びた。
(4) 同年三月、運輸大臣からいわゆるヤミ手当や突発休、ヤミ休暇、職場規律の乱れ等については誠に遺憾なことであり、これら全般について総点検を行い、厳正な措置を講じることが必要である旨の厳しい指示が国鉄に対してなされた。
(5) 国鉄は、これらの批判に答えて、国鉄総裁も昭和五七年三月五日に各鉄道管理局長等に対し職場規律の実態調査とヤミ慣行等の是正措置の実施を通達した。
(6) その後、職場規律の確立のための総点検は昭和六〇年九月まで八次に及んだ。
(7) 昭和五七年七月三〇日に出された第二次臨時行政調査会の第三次答申においても職場規律の乱れがその一項目として指摘され、新形態移行までにとるべき緊急措置として職場におけるヤミ協定、悪慣行を全面的に是正し、違法行為に対する厳正な処分をなすこと等の提言がなされた。
(8) 同年九月二四日、政府は職場規律の確立のために職場におけるヤミ協定及び悪慣行等についてはただちに是正措置を講ずることを、当面の緊急対策の一つとして閣議決定するとともに、総力を結集してこれに取り組む旨の政府声明を出した。
(9) 昭和五八年八月二日及び昭和五九年八月一〇日に、日本国有鉄道再建監理委員会は「日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために、緊急に講ずべき措置の基本的実施方針について」と題する意見書を第一次、第二次と立て続けに総理大臣に提出し、その意見書のなかに、当面緊急に措置すべき事項として、「職場規律の確立は企業存立の基盤であることを改めて認識し、今後とも不断の改善努力を続けることによって組織全体への浸透を図って行く必要があるが、特に最近の総点検の結果を見ると、改善の遅れている問題職場が特定化されつつあるので、これらに対しては重点的な指導を行い、その改善の促進を図るべきである。」との現状認識及び国鉄に対する改善努力の必要性を強調した。
(10) 国鉄においては、八次にわたる職場点検の結果徐々に職場規律の改善が図られたものの、先に述べたとおり、あまりに広範、多岐に亘った職場規律の乱れがあったので、なお完全に是正されるところまでには至らなかった。
(二) 新会社発足時の職場規律の確立の取り組み
昭和六二年四月一日に一審被告は国鉄改革法等関連諸法令に基づき、国鉄とは別個独立の法人格を有する株式会社として発足した。
国鉄の経営破綻に伴って、分割、民営化された一審被告は、職場規律の弛緩、紊乱が国鉄の破綻の重要な一因となったことを厳粛に受け止め、その設立の趣旨にかんがみ、昭和六二年四月一日の発足以降、国鉄当時のような職場規律の弛緩を繰り返すことのないよう新たな心構えを持って企業運営の基礎となる職場秩序の維持に努力し、社員に対してその趣旨を徹底した。
2 減率査定手続の合理性
(一) 減率査定の内容について
一審被告は社員の業務遂行能力、執務態度、業務成果等企業への貢献度等を総合的に評価して、勤務成績の良、不良を考課査定し、本件夏季手当における成績率を決定した。右業務遂行能力は、業務知識、処理能力、指導力に着眼して評価した。右執務態度は、勤怠度、規律性、協調性、責任性、積極性、自己啓発意欲に着眼して評価した。右業務成果は仕事の質、仕事の量、創意工夫に着眼して評価した。
そして、一審被告は国鉄改革により設立された新会社であり、前記のとおり、国鉄において職場規律の著しい弛緩がその経営破綻の重要な原因となったことに鑑み、特に、就業規則等の職場規律違反行為の有無を重視して評価した。
(二) 成績率決定の手続
(1) 本件夏季手当の支給に関して、広島支社に勤務する社員の成績率の決定権者は、広島支社長であった。
(2) 期末手当制度については、一審被告の就業規則である賃金規程に制度化されているが、その内容については昭和六一年一二月二四日、当時の国鉄職員に対して昭和六二年四月一日に発足する新事業体(JR各社)の「労働条件の概要」を配布し、その内容を承認した上で昭和六二年一月七日「意思確認書」を提出するように指示した。右「労働条件の概要」には期末手当について勤務成績を反映して支給する旨の記載があり、さらに、職場に備え付けられた「労働条件の詳細」には、期末手当の支給額を求める算式・調査期間等まで詳細に記されていた。
したがって、一審被告に採用された社員は、本件期末手当増減に関する査定が行われることを、当然認識していたものである。
(3) 昭和六二年四月二五日の現場長会議において、人事課長から社員の勤務成績評価についての目安の説明と日々の勤務状況について具体的に記録しておくことなどの指示がなされたが、現場長らは期末手当につき勤務成績査定を行うことになるという認識を当初から持っており、四月一日以降、現場長は従来のやり方と変わりなく、所属社員を評価査定していた。その評価査定の仕方については、国鉄時代において昭和五八年一〇月ころから職員管理台帳として様式を整備し、職員の日常の勤務状況を具体的に記録しており、また、期末手当については、昭和六一年の期末手当から増減の評価査定を実施していたから、初めて評価査定に取り組むといったものではなく、現場長等にとって査定基準は一般的なものであったので、現場長等が公正に評価査定に取り組むことが出来た。
(4) 各現場長は調査期間における各社員の勤務成績を把握し、現場長としての減率適用の対象者及びその適用順位を下位者調書により上申した。
(5) 広島支社人事課担当者は更に各現場長から直接その意見をきいてヒヤリング調書を作成し、更に、勤務成績の評価に関する各業務機関の不均衡を是正するなど十分な検討を行って、その後広島支社長が成績率を決定した。
(6) 右のとおり本件減率査定は広島支社が厳正・公平に行ったものであり、もとより国労への嫌悪、組合敵視政策の結果特定の労働組合の活動家をねらい打ちにして減率査定などしたものではない。業務遂行能力・執務態度・業務成果等に問題のある者は労働組合の所属には関係なく、一審原告らと同様あるいはもっと軽微であると思われる事象を理由として減率査定されている。
(三) 就業規則の届出手続きとその適用について
(1) 一審被告は新会社として発足するにあたって、以下のとおり、全社員に一審被告の就業規則を周知する手続きをとっているから、就業規則は五月の届出を待つまでもなく、同年四月一日から有効に適用された。
(2) 昭和六二年三月下旬から、一審被告の就業規則を、各作業場に備え付け、一審被告の社員として採用する旨の通知のあった職員に対し、昭和六二年四月一日から適用となることを周知徹底させた。四月一日には全社員に就業規則本則及び細則(出向規程のみ)を配布した。
(3) 労働組合には四月一日前後に新会社の就業規則を手交するとともに、意見聴取の方法について協議を行い、それに基づいて意見聴取を行った。
一審原告らの所属する国労とは四月八日、意見聴取に入った。
(4) 四月下旬には、全ての事業場から各組合の意見書が出揃ったので、就業規則に対する労働組合の意見書を添付して五月一日に、所轄の労働基準監督署に届出た。
(5) 広島支社においては、四月七日頃から組合の意見聴取に着手し、五月一日頃には届出をした。
3 組合バッジ着用禁止の合理性
(一) 一審被告の組合バッジ着用禁止の取り組み
(1) 一審被告は会社発足直後においても氏名札の未着用、組合バッジの着用など就業規則に反する行為が各支社等から報告されるなど未だ職場規律が徹底、定着していない状況が認められたので、各支社に対して新しい就業規則に基づく職場秩序の維持確立について厳しい指導を会社発足当初から行った。前記のとおり、これは国鉄の轍を踏まず新会社に対する国民の要望と信頼に応えるための施策であった。
(2) 一審被告の全社的な指導
イ 会社発足時から適用した就業規則において、組合バッジの着用が就業規則違反であることを明確に定め、全社員に配布・周知した。
ロ 四月始めに各支社から組合バッジの着用状況の連絡があった際に、組合バッジ着用者にはすぐに取り外すように注意指導してそれを記録しておくように指導した。
ハ 四月二二日の人事・厚生担当課長会議において人事部長あるいは勤労課長から厳しい指導がなされた。
(3) 一審被告の広島支社における取組み
イ 昭和六二年三月三〇日、新会社の就業規則の配布についての会議の際に、四月一日から就業規則、社員徽章及び氏名札を個人に配布する際に組合バッジを着けている者がいたら、就業規則違反であることを話し、外すように注意すること、点呼で組合バッジの着用が就業規則違反であることを指導すること、それでも着用を続ける者には繰り返し注意するよう指示した。
ロ さらに三月三一日にも職場規律の維持について、組合バッジ等を含めて取り組むよう指示した。
これを受けて各現業部門の現場長・助役らは勤務時間中に組合バッジを着用していた社員に対し、個別に注意・指導をしてきた。
(4) 本件査定当時、大部分(組合バッジを着用していたのは、全社員のわずか一パーセント強であった。)の社員は、就業時間中の組合バッジ着用禁止に係る就業規則の定めを遵守して勤務していたが、このような再三に亘る注意・指導にもかかわらず、一部社員はこれに応じないで組合バッジを着用し続けていた。この一部社員に対して、バッジ着用を本件減率査定の理由としたのである。
(二) 就業規則二〇条違反について
就業規則二〇条は社員の服装の整正について定め、この三項は「社員は勤務時間中に又は会社施設内で会社の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない」と定めている。
一審被告の職場において制服着用が要請されることの必要性及び合理性は何人の目にも明らかであり、この要請が制服に着用し得る胸章等の制限に及び得ることは当然のことであって(着用禁止の対象が組合関係のものに限られるわけではなく、特に一審被告が着用を指示するもの―たとえば、営業上のキャンペーンに関するものなど―又はその許可を得たもの以外の全てに及ぶことは言うまでもない。)、一審被告は、就業時間中における職場規律確立との関係において本件バッジ着用のような所為をもって職場規律違反として明定しているのである。
一審原告らは、組合バッジの着用行為は国鉄時代には職場慣行として定着しており、全く問題にされていなかったと主張するが、国鉄末期における職場規律の乱れは、国会、新聞等により厳しく批判され、さらに第二次臨時行政調査会の答申において同旨の指摘がなされ、国鉄当局により八次にわたる職場規律総点検がなされてもなおリボン、ワッペンの着用等の改善すらみられなかった状況にあったところから、一部の職場は別として一般的に就業時間中の組合バッジ着用禁止を徹底するまでに至りえなかっただけのことで、そのことのゆえに新企業体として新たな職場規律の確立、維持に努力する一審被告の本件措置の正当性が否定されるいわれはない。
さらに、国鉄末期においても組合バッジを注意した事例がある。
(三) 就業規則二三条及び労働協約六条違反について
就業規則二三条は、「社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に又は会社施設内で組合活動を行ってはならない。」と定め、さらに、一審被告と国労との間の労働協約六条においても明確に就業時間中の組合活動の禁止が規定されている。
就業時間中における組合活動は、争議行為として行われる不就労すなわちストライキ権の行使などと異なり、基本的に就業に関する職場規律の対象となることは、労働契約の本旨に照らし当然のことであり、組合バッジの着用はそれが就業時間中に行われる限り、就業規則二三条所定の一審被告の許可を得ない不当な組合活動であるといわざるを得ない。
(四) 就業規則三条違反について
就業規則三条は、「社員は、会社事業の社会的意義を自覚し、会社の発展に寄与するために、自己の本分を守り、会社の命に服し、法令、規程等を遵守し、全力をあげてその職務に専念しなければならない」と定めており、組合バッジの着用は右規則にも反するものである。
(五) 就業規則三条、二〇条、二三条の解釈のあり方
(1) 本件と同様の事案に関する東京高裁平成九年一〇月三〇日判決は次のように判断しているが、この理は本件にも当てはまるものである。「一審被告が行う鉄道事業は、国民の社会経済生活に不可欠のものであって公共性の極めて高い事業であるとともに、不特定多数の利用客の生命、身体及び財産の安全に深く関わるものであるから、同三条一項において職務専念義務を規定して、公共事業にふさわしい労務の提供と企業秩序の乱れから利用客の生命、身体及び財産の安全を脅かすような事態の発生することを防止するという観点から、社員に適正な職務遂行を求めるとともに、社員の服装の面から同趣旨を明らかにするため同二〇条三項の定めを置き、さらに、労働者は、就業時間中は使用者の指揮命令に服し労務の提供を行う義務を負うものであって、勤務時間中の組合活動は、原則として右義務に違反するものであるから、これを同二三条で明文で規定したことには合理性があるというべきである。」
(2) 就業規則違反が成立するためには、現実に職務の遂行が阻害されるなどの具体的実害の発生を必ずしも要件とするものではない。この点につき、前記東京高裁判決は次のように判示している。
「本件就業規則は、企業経営の必要上従業員の労働条件を明らかにするとともに、企業秩序を維持・確立することを目的とするものであるが、その解釈・適用に当たっては、前記憲法の趣旨に従い、団結権と財産権との調和と均衡が確保されるようにされなければならないところ、右各規定の目的に鑑みれば、形式的に右各規定に違反するように見える場合であっても、実質的に企業秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右諸規定の違反になるとはいえないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年(オ)第七七七号、同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一七号九七四頁参照)。したがって、本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為が文言上形式的には本件就業規則三条一項、二〇条三項、二三条に違反するように見える場合であっても、実質的に企業秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる時は、右各規定の違反になるとはいえないと解するのが相当であるが、そのような特別の事情が認められない限り、右各規定違反になるものといわなければならない。
そこで、次に、実質的に企業秩序を乱すおそれのない特別の事情があると認められるか否かについて検討するに、一般私企業において、従業員は、労働契約を締結して、労務提供のために企業に入ることを許されたものであるから、労働契約の趣旨に従って労務を提供するために必要な範囲において、かつ企業秩序に服する態様において、勤務時間中行動することが認められているものであるところ、被控訴人の場合、第二次臨時行政調査会の基本答申、日本国有鉄道再建監理委員会による「日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために緊急に講ずべき措置の基本的実施方針について」と題する報告等において指摘されているように、国鉄時代には、職場規律が弛緩し、ヤミ協定、悪慣行が存在していたことから、新会社においては、同じ轍を踏まないため、設立までにはこれらを是正し、違法行為に対しては厳正な処分を行い、職務専念義務を徹底させることが求められていたのであり、このような是正措置の上に立って、新会社の運営が行われることが要請されていた。
したがって、本件就業規則三条一項の「社員は、被控訴人事業の社会的意識を自覚し、被控訴人の発展に寄与するために、自己の本分を守り、被控訴人の名に服し、法令・規定等を遵守し、全力を挙げてその職務を遂行しなければならない。」という規定は、社員の職務専念義務という観点からは、社員は、勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないという職務専念義務を負うものであることを明らかにしたものであると解するのが相当である。
そして、労働契約においては、労務の提供の態様において職務専念義務に違反しないことは労働契約の重要な要素となっているから、職務専念義務に違反することは企業秩序を乱すものであるというべきであり、その行為が服装の整正に反するものであれば、本件就業規則二〇条三項に違反するといわなければならないし、また、それが組合活動としてされた場合には、そのような勤務時間中の組合活動は本件就業規則二三条、労働協約六条に違反するものといわなければならず、また、右規定違反が成立するためには、現実に職務の遂行が阻害されるなどの具体的な実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解するのが相当である。」
「本件組合バッヂは、そこに「NRU」の文字がデザインされているにすぎず、具体的な主義主張が表示されているわけではない、しかし、本件組合員等の本件組合バッヂ着用行為は、組合員が当該組合員であることを顕示して本件組合員等相互間の組合意識を高めるためのものであるから、本件組合バッヂに具体的な宣言文の記載がなくとも、職場の同僚組合員に対し訴えかけようとするものであり、被控訴人の社員としての職務の遂行には直接関係のない行動であって、これを勤務時間中に行うことは、身体的活動による労務の提供という面だけをみれば、たとえ職務の遂行に特段の支障を生じなかったとしても、労務の提供の態様においては、勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、職務にのみ従事しなければならないという被控訴人社員としての職務専念義務に違反し、企業秩序を乱すものであるといわざるを得ない。また、同時に、勤務時間中に本件組合バッヂを着用して職場の同僚組合員に対して訴えかけるという行為は、国労に所属していても自らの自由意志により本件組合バッヂを着用していない同僚組合員である他の社員に対しても心理的影響を与え、それによって当該社員が注意力を職務に集中することを妨げるおそれがあるものであるから、この面からも企業秩序の維持に反するものであったといわなければならない。」
「従って前記各規定に違反するというためには、現実に職務遂行が害されるなどの具体的な実害の発生を必ずしも要件とするものではないのであって、本件組合バッヂを着用した者が、顧客と接触の多い車掌であるか、あるいは、運転所、保線所、電気所など接客頻度の低い部署に所属する者であるかによってはその違反の情状に差異が生じ得ることはあっても、前記各規定の違反の成否に差異を生じるものではないといわなければならない。」
(3) 大多数の社員によって遵守されている就業規則の不遵守、その遵守を求める指示に対する反抗的行為の存在が認められても、なお、減益、運行阻害等現実に把握しうる不利益が発生しない限り職場規律の乱れに該当しないとすることは、企業が職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、一般的規則を定め又は具体的指示、命令を発し、その違反者に対し、企業秩序を乱す者として所定の措置をとりうる旨を明らかにする最高裁判例(昭和五四年一〇月三〇日判決・民集三三巻六号六四七頁―国鉄札幌駅事件、平成五年六月一一日判決・判例時報一四六六号一五一頁―国鉄鹿児島自動車営業所事件等)、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるとの最高裁判例(昭和五八年九月八日判決・判例時報一〇九四号一二一頁―関西電力事件)、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。したがって、労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として正当なものということができないとする最高裁判例(平成元年一二月一一日判決・民集四三巻一二号一七八六頁―済生会中央病院事件、平成五年六月一一日判決・判例時報一四六六号一五一頁―国鉄鹿児島自動車営業所事件等)の趣旨に反するものであることは明らかである。
そして前記各判例はこれに先立つ最高裁昭和五二年一二月一三日判決―目黒電報電話局事件―の系譜に属するものであるが、同判決においては、さらに業務阻害との関係について、勤務時間中におけるプレート着用行為により、「規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解するべきである」としたうえ、「被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行ったものであって、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかったとしても、精神活動の面から見れば、注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであったといわなければならない。同時にまた、勤務時間中に本件プレートを着用し同僚に訴えかけるという被上告人の行動は、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よって他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれのあるものであるから、この面からも局所内の秩序維持に反するものであったというべきである。」と明確に判示されているのであって、この判示は、私企業において行われるリボン闘争等就業時間中の組合活動についても妥当すべきことが示唆されているのである。
このように業務遂行上の支障の有無を離れて、職場秩序保持義務が存在すること及びこれに関する就業規則違反が成立することが明確にされるに至っていた。
(4) 仮に具体的な業務阻害の存在を必要とする見解に立ったとしても本件では次のような具体的な業務阻害が存在していた。
組合バッジの着用は、勤務時間中に組合の意識を職場に持ち込み、管理者との対立、他の組合とのもめごとを誘発し、職場の秩序を乱すおそれがある。
具体的には、乗務員区の他区から乗り入れたり他区へ乗り出したりして、休憩室などにおいて様々な区の社員が休憩を取ることがあるが、それぞれが組合バッジを着用している場合、挨拶をしないなどの組合間の問題が出て、最終的には組合別に休憩室を使用せざるをえないという事態にもなるし、また車両修繕のための車両工場ではグループの中に違う組合員の社員がいると、仕事を教えない、あるいはものを言わないということで険悪な空気になることがある。
更に違う組合に所属している者が助役等の管理者になる場合に、もともと違う組合に所属して管理者になった者の言うことは聞かないなど組合活動を持ち込むことによって様々な支障が出てきたという事象もある。
(5) 一審原告らは、組合バッジを着用する理由として国労所属組合員であることを表明するためであると主張するが、一審原告らが就業規則三条一項、二〇条三項、二三条に違反し、一審被告の右のような再三に亘る注意・指導にあえて反対してまで組合バッジを着用しなければならない合理的理由は首肯することができないばかりか、右のような目的を達成するためには他にとることのできる合理的手段が多く存するものであるから、組合バッジの着用の禁止措置がなされたからといって、一審原告らの組合活動に格別の支障が生じるものでは決してない。
(6) 組合バッジ着用禁止の措置は国労所属組合員のみを対象としたものではなく、全社員を対象としたという点も考慮されるべきであり、現に国労組合員以外でも組合バッジを着用したものは注意指導を受けているし、国労組合員の中でも組合バッジを着用していないものは注意指導を受けていないことは明らかであるから、国労のみを特に不利益に取り扱ったということはできない。したがって本件措置が査定権の濫用に該当せず、不当労働行為意思によるものとは認められないことは明白である。
(六) 他会社との比較について
一審原告らは、JR各社以外の各民営会社において組合バッジの勤務時間中の着用は一般的に認められていると主張するが、本件における組合バッジの規制の問題は、一連の国鉄改革問題、新会社である一審被告の設立や組合バッジの規制に至った経緯、規制の趣旨、目的を抜きにして、単なる組合バッジの着用という一般論として抽象的に論じることはできないのであって、勤務時間中における本件組合バッジの着用を正当化し、その着用規制を不当とすることはできない。
4 フレッシュ二四キャンペーンについて
(一) 増収活動については、国鉄時代から全社をあげて実施されており、新会社になっても、社員に対して収入意識の高揚と収入の確保をはかるため、点呼等で社員に周知し取り組んでいた。特に「フレッシュ二四キャンペーン」は、社員一人当たり二四万円を目標に推進事務局を設置して態勢を整備し、地域・職制を超えて全社員が総力を結集して増収に取り組もうとしたものである。
その名称・内容については、昭和六二年五月末に通達されているが、昭和六二年四月一日〜五月三一日は準備期間として実施されていた。
(二) 一審被告は、フレッシュ二四キャンペーンや、社員意見発表、改善提案への参加の呼びかけに応じなかったこと自体を減率査定の理由としているわけではない。本来こうした活動への参加は、勤務成績考課上は、プラス評価のために把握しているものである。例えば、マイナス評価の対象となる事象があった社員であっても、こうした活動において貢献度の高い社員は、評価が相殺され、場合によってはプラス評価されることもある。逆に、こうした活動に全く参加しようとしない社員で、マイナス評価の対象となる事象のあった場合は、相殺のしようがなく、マイナス評価対象の事象のみをとらえて評価がなされることになる。
一審被告は、マイナス評価すべき事象と相殺すべきプラス評価すべき事象がないことを明らかにするために、本件期末手当減率事由として増収活動等をあげているのである。
5 一審原告ら各人の減率事由
一審原告ら各人に関する減率事由は別紙四記載のとおりである。
第三 争点に対する判断
一 本件夏季手当など一時金の支給に際して行われる使用者による労働者の勤務成績の査定は、使用者の裁量的判断に委ねられるものであるが、これが合理性を欠く場合あるいは不当労働行為に該当する場合には裁量の範囲を逸脱したものとなり、裁量の範囲を逸脱したことにより勤務成績が不当に低く査定された場合には、当該一時金の支給につき具体的な算定方法が定められている限り、当該労働者は使用者に対し、右の算定方法によって算定した金額による一時金の支払請求権を有するものと解される。
二 本件減率査定の経過とその結果
1 次のとおり付加訂正したうえで、原判決四五頁末行から五七頁六行目までを引用する。
(一) 原判決四六頁二行目の「第三号証の一、二、」の次に「第五号証の一ないし三、」を、「第六号証の一、二」の次に「第七号証、」を、同三行目の「第一一号証」の前に「第一〇、」を、同四行目の「一九ないし」の次に「二一、二三、二四、二六ないし」を、同五行目の「二〇ないし」の次に「二二、二四、二五、二七ないし」を、同六行目の「第三六号証」の次に「、第四五号証、第五〇号証、第五四号証」を、同八行目の「同高橋正信」の次に「、同浅田康雄、同塩見宏、同石原宣彦」をそれぞれ加える。
(二) 四七頁三行目の「広島支社長は、」の次に「昭和六二年四月二五日」を加え、同四行目の「具体的事象を把握し」を「具体的事象を把握するよう指示し、さらに同年五月二九日各現場長に対し」と、同五行目の「上位候補者調書」を「上位者調書」と、同行から次行までの「「勤務成績下位候補者調書」(以下「下位者調書」という。)」を「下位者調書」とそれぞれ改め、五一頁六行目の「重視された。」を「重視した。」と改め、同八行目の「評価して」の次に「同年六月九日までに」を、同九行目「直接」の前に「同月一〇日から一九日にかけて、」をそれぞれ加え、五二頁二行目の「一七名」を「二七名」と改め、五六頁一行目の「同吉本建治、」を、同四行目の「同吉本建治を第八位、」を、五七頁一行目の「中村雄二、同」を、同三行目の「中村雄二を第一四位、同」をそれぞれ削除する。
2 一審原告らは、本件調査期間が始まった段階では未だ就業規則も定まっていなかったこと、査定をすること自体も決まっておらず、査定基準も明確でなかったことなどを主張して本件査定の手続が不当であり、これによる減率適用は査定権の濫用に該当すると主張するが、右1において認定した事実に加えて、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、昭和六一年一二月二四日、当時の国鉄職員に対して、一審被告を含むJR各社の「労働条件の概要」が配布され、また職場には「労働条件の詳細」が備え付けられ、、JR各社による採用を希望する社員はこれを知ったうえで採用希望の意思確認書を提出するよう指示されており、これら書類によって、一審被告に採用された社員は、その採用時において、期末手当が勤務成績を反映するものであることはもちろんその支給額算定方式、調査期間まで認識可能であったこと、これにより、一審原告らのみでなく、現場長らも、期末手当につき、勤務成績査定を行うことを認識していたこと、評価方法についても、国鉄時代である昭和六一年の期末手当から増減の査定をしていたので従来の目安と特に異なったものでなく(但しバッジの着用に対する評価を除く。)戸惑いはなかったこと、本件就業規則は昭和六二年五月一日に広島労働基準監督署に届け出られたものであるが、同年四月一日には全社員に就業規則本則及び細則が配布され国労との間では四月八日に意見聴取の手続に入ったこと、一審被告と国労は同年六月一九日「昭和六二年度の夏季手当の基準額等に関する協定」を結んだが、同協定において調査期間を昭和六二年四月一日から同年五月三一日までとすることに合意していることが認められ、右によれば、発足直後の一審被告としては期末手当の査定手続について、周知方法を尽くしていたものと認められるので、本件査定につき手続自体の不当性のために裁量の範囲を逸脱していると評価することはできない。
三 組合バッジ着用行為を減率事由とすることの不当労働行為該当性の有無
1 一審被告は一審原告小松謙二、同阪倉一夫、同森淳、同隅正晴、同松永美砂男、同藤本明を除く各一審原告について、本件調査期間中に国労の組合バッジを着用したことを本件減率査定の理由の一つとして主張しているところ、一審原告らは、右は不当労働行為に該当する旨主張するので、まずこの点について判断する。
2 本件組合バッジの形状とその着用に関する従前の状況は次のとおりである。
(一) 乙第九三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件組合バッジは、縦約1.1センチメートル、横約1.3センチメートルの大きさであり、四角形の金属版の表面には黒地に金色でレールマークと「MRU」のローマ字が表示されていることが認められる(なお、以下「組合バッジ」と称するときは右大きさのバッジを指し、この大きさを越えるバッジについては個別に判断する。)。したがって、右組合バッジは小さく目立たないもので、また具体的な主義主張が表示されているものでもない。
(二) 証拠(甲七六、八二、一六五ないし一六七、一七二、一七七、証人石本一生、同吉岡孝、同石堂裕隆、同高橋正信、同村岡靖夫、同岡崎重勝、同岩清水則夫(当審)、一審原告村上雅春、)及び弁論の全趣旨によれば、右組合バッジの着用につきこれまで国鉄時代を含めて利用客からこれに対する苦情が寄せられたことはなく、また職場で従業員の対立や混乱が生じたことはなかったことが認められる。
(三) 証拠(甲五の一ないし三、一〇、四一、五二、五七、七五、八一、八四、九一、九三、一〇七、一二六、一五四、一六一、証人岩清水則夫、一審原告東城行宏、同藤本敬三)及び弁論の全趣旨によれば国鉄時代において、国労以外の労働組合も組合員がそれぞれの組合のバッジを着用していたが、国鉄が全職場一律にその取り外しを指導したり着用を理由に処分したことはなかったことが認められる。なお一審被告は国鉄末期において組合バッジについて注意したことがある旨主張し、甲第四四号証及び証人吉岡孝の証言並びに一審原告東城行宏本人尋問の結果によれば吉岡孝が国鉄時代の昭和六一年に組合バッジを外すよう社員に注意したことがあること、乙第四七、第四八号証によれば、国鉄時代に一部の職場で組合バッジをはずすよう指導したことがあること、乙第四五号証及び証人浅田康雄の証言によれば、国鉄時代に広島鉄道学園において国労バッジをつけていた生徒に対し、国労バッジを外すよう指導して紛糾したことがあることがそれぞれ認められるが、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、これは極めて限局された場面でのことであることが認められ、国鉄が全職場一律に組合バッジにつきその取り外しを指導したり着用を理由に処分したことはなかったとの前記認定を左右するものではない。
(四) 証拠(甲一〇、二二、八四、一二六、乙一七の一ないし二七、一八の一ないし一〇、五四ないし五六、五七の一ないし五、五八の一ないし八、五九の一及び二、証人塩見宏、一審原告東城行宏、同藤本敬三)及び弁論の全趣旨によれば、国鉄時代において、国鉄改革の一環として職場規律の問題が重要な課題として重視された時期でさえも、組合バッジの着用が職場規律の問題と関連するものとして指摘されたことはなく、八次に及ぶ職場規律の総点検においても組合バッジの着用状況が調査項目として取り上げられたことはなかったことが認められる。
3 組合バッジ着用に関する就業規則等の規定は次のとおりである。
甲第一号証によれば、一審被告の就業規則二〇条三項は、「社員は勤務時間中に又は会社施設内で会社の認める以外の胸章、腕章等を着用してはならない。」と規定していることが認められるところ、前記一審原告らの着用していた国労の組合バッジは、いずれも右の規定にいう「胸章、腕章等」に該当すると解される。
また甲第一号証によれば、就業規則二三条は、「社員は会社が許可した場合のほか、勤務時間中に又は会社施設内で、組合活動を行ってはならない。」と規定していることが認められ、乙第九六号証によれば、一審被告と国労との間で昭和六二年四月三〇日に締結された労働協約の六条は勤務時間中の組合活動は会社から承認を得た場合のほかはできない旨規定しているところ、一審原告らは、前記争いのない事実に記載のとおり、国労組合員として積極的に組合活動を行っていたものであり、組合バッジの着用行為は、組合員間の連帯感を高め国労組合員としての団結を維持しようとする目的のもとになされていたものと推認されるから、組織防衛的意味合いからなされたとしても、国労組合員としての組合活動の一種であると認められ、したがって文言上は右就業規則二三条及び労働協約六条で禁止された組合活動に相当するものと解される。
次に甲第一号証によれば、就業規則三条一項は、「社員は、会社事業の社会的意義を自覚し、会社の発展に寄与するために、自己の本分を守り、会社の命に服し、法令、規程等を遵守し、全力をあげてその職務に専念しなければならない」と規定していることが認められる。
4 そこで本件組合バッジの着用が右各規定に違反するか否かを検討する。
(一) 就業規則は労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者の意見を聴くものの、使用者が一方的に制定するものであるから、就業規則の解釈にあたっては、単にその文言によってのみではなく、その規則制定の趣旨を勘案したうえで、憲法をはじめ労働にかかわる法律等各種の法令に適合するように解釈すべきである。
(二) 本件組合バッジが就業規則二〇条三項所定の「胸章、腕章等」に該当すると解され、その着用が同二三条及び労働協約六条で規制されている組合活動と解されることは前記のとおりである。そこで、就業規則三条についてみるに、一般に労働者は、労働契約を締結することにより、所定の勤務時間中は使用者の指揮命令に服して稼働すべき職務専念義務を負うから、同条はこの趣旨を規定したものというべきであるところ、職務に専念するということは、労務提供を誠実に履行することを意味しており、労務提供を誠実に行うに必要な限度でその身体的活動あるいは精神的活動を集中することが求められているのであるが、他方、勤務時間中全ての身体的、精神的活動を勤務のみに集中し、職務以外のことに一切注意を向けてはならないというような、全人格的な従属関係まで求められていると解することはできないことはいうまでもない。
しかしながら、本件組合バッジは一審被告のみならず、その社員である他組合員もその存在を周知していたこと、及び一審原告中本件組合バッジを着用した者が自己の所属する組合の組織維持を期して着用したことは弁論の全趣旨により認められるところであり、そのような職場において右の意図をもって本件組合バッジを着用することは職場内に組合意識を持込み当該組合の存在を主張する結果をもたらすことは明らかであるばかりでなく、他組合員を刺激し職場に無用の混乱を惹起することを一審被告において危惧することは使用者として当然の配慮であるといわざるをえない。このような中で本件組合バッジを着用することは右の職務専念義務違反とならない例外に該当する場合とはいえない。
前記のとおり、本件組合バッジは小さく目立たないもので、また具体的な主義主張が表示されているものでもなく、これまでその着用について利用客から苦情が寄せられたことはなく、また、前記のとおり職場において社員間の対立や混乱が現実化したことはなかったことは右認定判断を左右し得ないものというべきである。
5 一審被告が従来の国鉄時代の反省に立って新会社の運営をするにつき、職場規律を重点項目としたこと自体は当然のこととして是認できることであるが、組合バッジの着用は、国鉄改革の論議の中で具体的には取り上げられず、かつ国鉄時代には問題にされなかった項目であり、かつその規制は団結権の制限に関わる事項であるから、これを理由に本件減率査定事由とすることは慎重でなければならない。それゆえ、組合バッジ着用行為を本件減率査定事由としたことから直ちにそのことが不当労働行為に該当するとはいえないが、それは他の事情との衡量のなかで相対的に考慮されなければならないものと解すべきである。
四 各一審原告に対する減率査定の裁量権逸脱の有無
一審原告各人に対する本件減率査定が、一審被告による裁量の範囲を逸脱してなされたものであるか否かについて判断する。
1 一審原告藤本敬三
(一) 証拠(甲五二、五三、一五九、一八三、乙一四の一、一五の二、三五、六四、九八、証人長冨爲三、同宮田勝利、一審原告藤本敬三)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四〇年三月に国鉄に入社して以来、昭和六〇年三月までは貨物列車の乗務員などとして勤務し、同月から同年九月までは列車掛兼車掌見習いとして、また同年一〇月以後は車掌見習兼務が解除されて列車係として、広島車掌区において貨物列車の乗務員業務を主体とした勤務をし、昭和六一年一一月からは広島車掌区に所属して旅客列車の車掌として勤務していたこと、したがって、昭和六二年四月当時、旅客列車の車掌業務を実質的に経験した期間は、昭和六一年一一月以降の半年程度にすぎなかったこと、広島車掌区に勤務する車掌は、勤務割表によって組分けされ、当時七組に分かれており、車掌経験年数の長い者から順に一組、二組と組分けされていたところ、同一審原告は、中堅社員としてその四組(構成員二五名)に所属していたが、同一審原告が列車内で発行する社内補充券の売上枚数は、四組において最下位であり、指差喚呼が緩慢であり、指導担当車掌から指導を受けても、これを無視し又は実行しないことがあったこと、同一審原告は、本件調査期間中、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告は、同一審原告は社員意見発表、改善提案、収入拡大としてのフレッシュ二四キャンペーンなどへの参加を再三呼びかけても全く関心を示さないなど非協力的で意欲もないと主張する。しかし、証拠(甲一一、一二、乙四二、五三)及び弁論の全趣旨によれば、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動は、昭和六二年五月三一日にその実施が通達されたものであるところ、同通達によれば、本件調査期間である同年四月末から同年五月三一日までも実施の準備期間とされていたが、本格的には実施されていなかったことが認められ、また、運転事故防止標語、区是の募集、社員意見発表、改善提案及び社員による増収活動への参加呼びかけは、業務命令又は本来の業務の一部ではなく社員の自主的活動として呼びかけられていたものと認められる。したがって、これに対する参加の有無は一審被告自身がその主張において明らかにしているとおり、せいぜい他の減率事由がある場合に、減率事由を打ち消す事由として評価しうるというものにすぎないから、独自の減率事由とみるのは相当でない。なお一審被告は超過勤務手当を支給して業務として行われていた業務研究会に同一審原告が出席しなかったと主張し、証人宮田勝利は同趣旨の証言をするが、このような主張と証拠は当審において初めて提出されたものであること、右の事実は当初のヒヤリング調書(乙一五の二)においては、時間外、業務外の研究会である旨明示されていることから、仮に参加者に超過勤務手当が支払われていたとしても、本件調査期間当時は、時間外、業務外の研究会と認識されていたものと認められるばかりでなく、右証人の証言によると本件調査期間中は右業務研究会は一回しか開かれていないことが認められ、これに同一審原告が出席しなかったことは甲第一五九号証に照らして考えると、これを認めるに足りる証拠がない。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるけれども、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
2 一審原告山田禮正
(一) 証拠(甲三二、甲五六、一四一、一八一、乙一四の二、一五の三、三二、三九の一ないし四、九五の一及び二、九六、証人津永泰彦、一審原告山田禮正(原審及び当審))及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四〇年に国鉄に入社して以来、軌道係などとして線路の保守業務に従事していたが、昭和六一年八月から昭和六二年二月まで人材活用センターに配属され、同年四月一審被告に雇用された後は、広島保線区三次支区におけるいわゆる用地グループの職員として用地管理業務に従事していたこと、同一審原告は、用地グループが使用していた事務室の事務連絡のための掲示板に「団結」と書かれた赤いタオルを張り付け、同年五月一六日、上司からこれを外すよう注意されたにもかかわらず、「はい、考えておきます。」と答えてそのまま放置し、一審被告と国労がこの点につき話し合ったのち、国労の指示もあって、約一ヶ月後に漸く外したこと、同一審原告は本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務していたこと、他方、同一審原告は、少人数の職場において各人の氏名は皆が知っているので氏名札を着ける必要はないとの考えから、本件調査期間中、ほとんど氏名札を着用しなかったため、上司からこれを着用するよう注意指導されたが、これに対し「幼稚園でも子供でもないのだから、別に着ける必要はない。」などと答えて拒否したことが認められ、同一審原告の右のような言動は、社員としての自覚に欠けた反抗的な言動というべきであり、これが他の社員に影響を及ぼしていたものと推認することができる。
(二) 一審被告は、同一審原告は業務全般に対して積極性がないと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
3 一審原告村上雅春
(一) 証拠(甲三四の一ないし四、五四、一六〇、乙一四の三、一五の四、三二、九一、ないし九三、証人津永泰彦、同村岡靖夫、一審原告村上雅春)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四八年に国鉄に入社して以来、軌道検査係などとして線路の保守管理業務に従事していたが、昭和六一年八月から昭和六二年二月まで人材活用センターに配属され、同年四月一審被告に雇用された後は、広島保線区におけるいわゆる用地グループの職員として用地管理業務に従事していたこと、同一審原告は、同年四月一〇日五時一八分ころ(同一審原告の勤務時間終了後)、広島建築区所属の社員であり未だ勤務時間中であった一審原告東城行宏(同一審原告の勤務時間は午後五時三八分まで)の所に行き、しばらく業務外の話をしていたこと、一審原告村上は、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務し、時には前記の通常のサイズより大きい縦約2.5センチメートル、横約2.8センチメートルの組合員バッジ(以下「大型バッジ」という。)を着用していたことがあるが、上司である保線区副区長村岡靖夫はバッジをはずすことを指示し、同一審原告はそれに従わなかったこと、同一審原告は時おり氏名札を着用しなかったことがあることが認められる。
(二) 社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるけれども、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
4 一審原告東城行宏
(一) 証拠(甲四一、一六一、乙一四の四、一五の五、三四、九二、証人毛保晃二、同吉岡孝、一審原告東城行宏)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五一年国鉄に入社して以来、広島建築区における建築係などとして建物、設備、工作物の保守、点検、修繕業務などに従事しており、職務内容は一審被告に雇用された後も変化がなかったこと、同一審原告は、朝の点呼の際「はい」という返事ではなく「出勤」「おります」と答えていたこと、昭和六二年五月一五日の勤務時間中、国労中央本部が発行した組合新聞を机の上に置いていたところ、上司からこれを机の上に置かないよう注意され、「はい、分かりました。」と返事をしたものの、結局これの応じなかったこと、同一審原告は、本件調査期間中、上着に国労の組合バッジを着けて勤務し、これを外すようにとの上司の注意に従わなかったことが認められる。
(二) 社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。なお、乙第一四号証の四(下位者調書)には、DIMYマークの募集に対して同一審原告が応募しなかった旨の記載があり、甲第四一号証、証人毛保晃二の証言によれば、一審被告は、昭和六二年四月、ディスカバー・マイセルフの名称のもとに『自己を生かして会社に貢献しよう。』という運動を行い、そのイニシャルマークを社員に募集していたこと、同一審原告がこれに応募しなかったことが認められるが、これも単なる募集にすぎないから、同一審原告が応募しなかったことをもって、一審被告が主張するように業務全般に対して勤労意欲、積極性に欠けるとすることはできず、また証人毛保晃二の証言によれば、上司であった同人からみて、保全グループの仲間を率先して仕事をするという面では同一審原告は積極的であったことが認められるので、業務全般に対して勤労意欲、積極性に欠けるとすることはできない。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるけれども、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
5 一審原告小松謙二
(一) 証拠(甲三〇、七四、一六二、乙一四の五、一五の六、三〇、八五、証人橋爪克洋、同古谷武志、一審原告小松謙二)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和三九年に国鉄に採用され、昭和四四年以降、一貫して車掌業務に従事していたこと、同一審原告は、本件調査期間中、小郡車掌区宇部新川派出所に勤務していたが、社内補充券の発行枚数が同派出所に勤務する車掌の中で最下位であったこと、同一審原告の車掌乗務報告の記載は「異常なし」などと簡略であったこと、同一審原告は、昭和六二年五月二七日七時五一分、車掌として乗務していた列車が宇部駅を発車するに際し、輸送主任が一旦発車の合図をしたので、列車を発車させたところ、その直後に、輸送主任が乗り遅れた旅客を乗車させるために赤色旗を示して停止の合図をしたが、これを認知しながら、自らの状況判断によって停止手配をとらずに列車を進行させたことが認められる。
一審被告は、同一審原告は収入金についても区内で最下位にあった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(二) 社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては前記のとおりである。
また、輸送主任の停止合図に反して列車を進行させた点については、甲第七四号証、第一六二号証、一審原告小松謙二本人尋問の結果中には、同一審原告は、当該列車を発車させた後、後方から声がしたので振り向くと、改札口の方向から旅客一名が走って来るのを見つけ、輸送主任が停止の合図を出したことにも気づいたが、列車の最前部が既にプラットホームを外れた状況にあり、かつ、列車内は満員状態であったから、列車を急停止させることは危険であると判断して停止手配をとらなかった旨の記載ないし供述がある。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があり、停止合図無視の点については前記の同一審原告の記載又は供述する事情があったとしても、同一審原告は安全運行の原則に則り輸送主任の合図に従い細心の注意をもって停止すべきであったというべきであり、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
6 一審原告細川完勝
(一) 証拠(甲二五、七九、一六三、乙一四の六、一五の七、二六、七七、証人楊井昭夫、同鹿嶋辰夫、一審原告細川完勝)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和三九年に国鉄に入社し、昭和四〇年以降、構内作業掛、構内係などとして車両の入換、連結、切離などの業務に従事していたが、昭和六二年二月営業職場に配置転換され、一審被告に雇用された同年四月一日からは、小郡駅旅行センター分室において団体旅行の募集などのセールス業務を行っていたこと、同月一五日の勤務時間中、執務場所を離れて組合事務所に立ち入ったこと、本件調査期間中、助役である鹿嶋辰夫が職員に対して出向希望者を募ったところ、同一審原告は「一〇回以上言えば強要になる。」などと発言したこと、さらに同期間中、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 組合事務所への立入については、証拠(甲七九、証人鹿嶋辰夫、一審原告細川完勝)によれば、当日、もと小郡駅に勤務していて当時は下関の清算事業団に所属していた社員が、労金預金の解約金の支払を受けに来たので、担当役員であった同一審原告が組合事務所の金庫から解約金を出すために立ち入ったことが認められる。
一審被告は、同一審原告は売上の拡大等に自ら工夫し取り組む姿勢がなく、抗議を行うことのみに熱心で、業務全般については、極めて不熱心で積極性に欠けると主張する。しかし、一審被告が主張する同一審原告の抗議のうち、呼名に関する抗議については、一審被告の主張に沿う証拠として証人鹿嶋辰夫の証言及び同人作成の乙第七七号証が存在するが、これらは当審において新たに提出された証拠であり、甲第一六三号証(一審原告細川完勝の陳述書)及び弁論の全趣旨に照らして採用できず、他に一審原告の主張を認めるに足りる証拠がなく、また自動車の増車に関しては証人楊井昭夫、同鹿嶋辰夫の証言によれば当時自動車は不足しており、職場で問題になっていたことが認められ、甲第七九号証、第一六三号証及び一審原告細川完勝本人尋問の結果によれば、増車要求に関する発言は、いずれも執拗な抗議と評価すべきものとは認められない。また、証拠(甲二五、七九)によれば、同一審原告の販売実績は、小郡旅行センター分室の社員の中では上位にあったことが認められ、業務全般について不熱心で積極性に欠けていたものとは認められない。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があり、また販売成績については同一審原告に有利な事実は認められるものの、これらの事情を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
7 一審原告阪倉一夫
(一) 証拠(甲八〇、一六四、乙一四の七、一五の八、二六、七七、八〇、八一、証人楊井昭夫、同鹿嶋辰夫、一審原告阪倉一夫)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は昭和五一年に国鉄に入社し、昭和五八年以降営業係業務に従事し、本件調査期間中は、一人勤務駅である本由良駅において、出改札、切符の販売、構内管理、清掃などの業務を行っていたこと、本由良駅においては、昭和六二年五月二七日、同駅勤務以外の社員数名が参加する臨時の除草作業が行われ、同一審原告は公休日であったが、同駅に本来勤務するものとして、自主的にこれに参加していたことが認められる。
(二) また、前掲各証拠によれば、本由良駅においては列車到着の間隔が二〇分ないし三〇分あることがあるが、便所の掃除には小一時間かかり、出改札、切符の販売等の合間を縫って清掃をすること、五月二五日に岩永助役が便所等の清掃を指示したが、同一審原告は当日が五月の売上を集計する締めの日で多忙であったことから、「できる範囲でやります」と返答したこと、同一審原告が五月二七日の公休日に自主的に清掃作業に参加した際、草履履きであったこと、同一審原告は、髪に関して特にうるさく注意していた当時の上司伊藤副駅長から注意を受けたことがあり、すぐ散髪にいったことが認められるが、上司に反抗的であったとの一審被告の主張に沿う証人楊井昭夫、同鹿嶋辰夫の証言及び乙第二六号証、第七七号証の記載はいずれも伝聞によるものであって、これを否定する一審原告阪倉一夫本人尋問の結果に照らして採用できず、他に、一審被告が減率事由として主張するイ、ロの事実を認めるに足りる証拠はなく、また公休日に自主的に清掃作業に参加した際の履き物が不適切であることを減率事由とすることは相当でない。
(三) フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
以上のとおり、一審被告が同一審原告に対する本件減率査定の理由として主張する事由は、いずれもその事実が認められないか減率の理由として相当でないものであるから、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
8 一審原告竹中信二
(一) 証拠(甲六八、一六五、乙一四の八、一五の九、三一、八八、証人奥田基博、同岡崎重勝、一審原告竹中信二)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四四年一〇月に国鉄に入社して以来、主に列車の窓枠や座席の取替作業などを行う車両検修業務に従事していたが、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、幡生車両所営業開発部においてビニールハウスの製作作業などを行っていたこと、本件調査期間中、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告が同一審原告について主張する減率事由イ、ロの事実に沿う証拠として、乙第一四号証の八、第一五号証の九、第三一号証、第八八号証及び証人奥田基博、同岡崎重勝の各証言があるが、いずれも抽象的なあるいは伝聞による記載もしくは証言であって、これを否定する一審原告竹中信二本人尋問の結果及び甲第六八号証、第一六五号証に照らして採用できず、他に、減率事由イ、ロの事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 組合バッジの着用行為はそれのみでは減率の理由として相当でないものであり、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
9 一審原告藤野雅俊
(一) 証拠(甲六七、一六六、乙一四の九、一五の一〇、三一、八八、八九の一ないし三、九〇の一及び二、証人奥田基博、同岡崎重勝、一審原告藤野雅俊)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五〇年に国鉄に入社して以来、主に車両の塗装作業などに従事していたが、昭和六一年七月から昭和六二年二月まで人材活用センターに配属され、同年四月一審被告に雇用された後は、幡生車両所営業開発部において朝鮮人参や霊芝などを栽培するための小道具の作成作業などを行っていたこと、同一審原告は、同月二八日の点呼終了後、訓話を行った上司に対し、「くだらん話をせず、重要な話をしたらどうか。」と言ったこと、同一審原告は、朝の点呼に出席する際、歩行中の喫煙が禁止されていたにもかかわらず、詰所から点呼場まで煙草を吸いながら歩行し注意されて消したことが本件調査期間中に二回あったこと、勤務時間中詰所に帰ったことがあったこと、本件調査期間中、作業服に国労の組合バッジを着用して勤務していたこと、もみ殻を鉄板で煎る作業をする際に暑いのでヘルメットを脱いで作業をしていたことが本件調査期間中六回あったことが認められる。
(二) 以上の事実を総合して考えると、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
10 一審原告伊藤忠晴
(一) 証拠(甲三一、六九、一六七、乙一四の一〇、一五の一一、三一、八八、証人奥田基博、同岡崎重勝、一審原告伊藤忠晴)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五二年に国鉄に入社して以来、車両の塗装作業などに従事していたが、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、幡生車両所営業開発部において客車を使った本屋を作るためその内装と外装を絵にして色を塗る作業などを行っていたこと、イラストを描く特技を持っており、調査期間中作成した車両所公開のためのポスターが後日車両所長より表彰されたことがあること、本件調査期間中である五月一六日の朝の体操の際、同僚と雑談しながら体操をしていて上司から注意を受けたこと、本件調査期間中、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 以上の事実を総合して考えると、同一審原告には特技を活かして職場に貢献した点も認められるが、この点を考慮にいれても同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
11 一審原告西岡広伸
(一) 証拠(甲七〇、一六八、乙一四の一一、一五の一二、三一、七六、証人奥田基博、同後藤峯男、一審原告西岡広伸)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五五年に国鉄入社以来、幡生車両所において車両の塗装作業などに従事していたこと、本件調査期間中、タイムカードの打刻を忘れたことが二回あったこと、タイムカード打刻は、勤務時間の管理に重要な役割を有するものであること、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告が主張する休憩の際上司の指示に従わなかったこと、氏名札を汚していたことについては、これに沿う証拠として乙第七六号証及び証人後藤峯男の証言が存在するが、これらは当審になって提出されたものであり、査定の当初資料である下位者調書(乙一四の一一)及びヒヤリング調書(乙一五の一二)に記載されていないこと及び右一審被告の主張を否定する一審原告西岡広伸本人尋問の結果並びに甲第一六八号証に照らして採用できない。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
12 一審原告森淳
(一) 証拠(甲七三、一六九、乙一四の一三、一五の一四、二九、七二ないし七五、証人磯部隆行、同福地肇、一審原告森淳)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四九年に国鉄に入社して以来、線路の検査・補修業務に従事していたが、本件調査期間中、三原保線区竹原管理室の施設技術係の地位にあり、施設技術主任に次ぐ作業責任者として部下を指導する立場にあったこと、昭和六二年四月一七日、たまたま安全帽(ヘルメット)のあご紐を締めずに保線作業をしていたため、助役からこれを締めるよう注意されたこと、同年五月二六日ことわりもなく氏名札を着けないで始業点呼に参加したこと、同月三〇日、枕木検査の作業責任者として現場に出たが、現場到着後安全帽を忘れて来たことに気づき、これを取りに帰ったため、同一審原告の作業の着手が約四〇分遅れたことが認められる。
(二) 一審被告は、同一審原告は部下に遊間管理業務について教えてもらったり、指導されたりしていたと主張し、これに沿う証拠として、乙第一五号証の一四、第七二号証、証人福地肇の証言があるが、乙第一四号証の一三及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は若くして保線副管理長になって以来指導職を歴任していること、並びに甲第七三号証、第一六九号証及び一審原告森淳本人尋問の結果に照らして採用できない。他に業務全般に対して勤労意欲、積極性に欠け、上司から服装の整正を再三、注意指導されたとの事実はこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
13 一審原告隅正晴
(一) 証拠(甲五八、六二、六三、一四四ないし一四七、一七〇、乙一四の一四、一五の一五、三三、四〇の一及び二、六三、証人藤井良一、同慶雲寺昇、一審原告隅正晴)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四〇年に国鉄に入社して以来、広島運転所で車両の検査・保守業務などに従事しており、本件調査期間中も同様の業務に携わっていたこと、業務面で上司の指示、命令に反抗的であり、特に昭和六二年四月一五日、社員が仕事の合間に控える列車検査詰所の業務用の掲示板に国労の機関紙を掲示し、助役の指示により一旦これを取り外したが、同年五月一五日、再び国労の機関紙を掲示したことが認められる。
同一審原告が国労の機関紙を掲載した掲示板について、前掲甲号証及び同一審原告本人尋問の結果中には、業務用掲示板は別の部屋にあり、右機関紙を掲載した掲示板は国鉄時代に休憩室に国労が作成、設置したものである旨の記載ないし供述があるが、仮にそのとおりであるとしても、証人藤井良一の証言によると、本件調査期間中には一審被告と国労との間で掲示板の使用につき労働協約が締結されていなかったことが認められ、他にこれに反する証拠はないから、基本的には一審被告による事実上の黙認があればともかく、助役による取り外しの指示がなされたのであるから同一審原告としてはこれに従うよりほかなかったものといわなければならない。そして、その後に再び同様の掲示行為に及んだのであるからこの点を評価して本件減率事由としたことはやむを得ないことと言わざるを得ない。
(二) 社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては前記のとおりである。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
14 一審原告松永美砂男
(一) 証拠(甲五五、一五一の一及び二、一七一、乙一四の一五、一五の一六、三二、三八、八三、八四の一ないし一五、証人津永泰彦、同森和茂、一審原告松永美砂男)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五四年に国鉄に入社して以来、線路の検査・保守業務に従事していたが、昭和六一年九月から昭和六二年二月まで人材活用センターに配属され、同年四月一審被告に採用された後は、広島保線区でレールの溶接業務に従事していたこと、同一審原告は昭和六二年六月六日の年休申込を同年五月二八日にしたことが認められる。
(二) 前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告が溶接作業を覚えようとしなかったという点については、レールの溶接作業は資格ないしは熟練を要する作業であるうえ、列車の通過する空時間に手際よく行う必要があり現場のみでその技術を修得することは困難であるところ、本件調査期間においては同一審原告は直前にレール溶接作業に従事し始めたばかりで、溶接作業の見習期間中であったが、作業について特に研修を受けたり、練習をさせてもらったこともないことが認められ、また職場のグループにとけ込まないという点も、柳井への出張の際の出来事は本件調査期間外である昭和六二年八月一三日のことであることが認められ、また、同一審原告が所属する作業グループの主任からは同一審原告がグループにとけ込めないとの報告はなかったことが認められる。
頭髪が長いという点については、特に長くて危険であるほどのものであったことを認めるに足りる証拠はなく、当初の資料である下位者調書(乙一四の一五)では具体的に注意した日として本件調査期間外である昭和六二年六月二日のみが記載されているところから、調査期間内に特に頭髪の問題がゆゆしい事態であると受けとめられていたとは認めがたい。
また、同一審原告は昭和六二年六月六日の年休申込を同年五月二八日にしたことが認められるところ、一審被告は年休は就業規則七六条により毎月二〇日までに届け出ることとする旨規定されていると主張するが、甲第一号証(就業規則)によれば、たしかに七六条一項においてその旨の規定があるが、同時に二項において、「前項によれない場合で、年休を請求するときは、原則として前々日までに所定の手続をとることとする」と規定されており同一審原告の年休届出が就業規則に違反しているとはいえない。
(三) 以上によれば、一審被告が同一審原告について主張する減率事由イ、ロの事実は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がないか減率事由として相当でなく、また社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
したがって、一審被告が同一審原告に対する本件減率査定の理由として主張する事由はいずれもその事実が認められないか減率の理由として相当でないものであるから、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
15 一審原告峰岡敏夫
(一) 証拠(甲七一、一七二、乙一四の一七、一五の一八、三一、八八、九〇の一及び二、証人奥田基博、同岡崎重勝、一審原告峰岡敏夫)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五〇年に国鉄に入社して以来、車両検修業務に携わり、主に文字を標記する塗装業務に従事していたが、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、幡生車両所営業開発部でビニールハウスの製作及び朝鮮人参の栽培作業を行っていたこと、本件調査期間中である四月一六日の午後屋外作業に際して上着を脱いで作業をしたが、上着の下に赤色のシャツを着ていたため上司から注意されすぐ着替えたこと、本件調査期間中、上着に国労の組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告の主張する減率事由イの事実については、これに沿う証拠として乙第一四号証の一七、第三一号証、第八八号証及び証人奥田基博の証言があるが、いずれも具体性に乏しく右一審被告主張を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
減率事由ロの事実についても、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、赤色のシャツを着て作業をしたことについては、当時上着の着用が義務づけられていたが、暑いときにこれを脱ぐことは許されていたこと、同一審原告が当日上着の下に着ていたシャツはワインカラーであったが、注意されてすぐ着替えたことが認められ、このことをもって、同一審原告が社員としての自覚と職務の厳正に対する認識を欠くものとまで認めることはできず、他に同一審原告が社員としての自覚と職務の厳正に対する認識を欠くことを認めるに足りる証拠はない。
(三) 組合バッジの着用行為のみでは減率の理由として相当でなく、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
16 一審原告藤本明
(一) 証拠(甲七二、一七三、乙一四の一九、一五の二〇、二九、六六、六七の一及び二、証人磯部隆行、同山際勝利、一審原告藤本明)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四三年国鉄に入社して以来、線路の保守管理業務に従事していたが、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、三原保線区本区におけるいわゆる用地グループの職員として線路沿線の草刈りや線路用地杭の製作、建植などを行っていたこと、同一審原告は、同年五月二八日の勤務時間中である午前一一時ころ、当日の業務である用地杭の製作のための所定の作業場を離れて同じ用地グループの鼻戸及び広安社員と共に検修庫内におり、磯部副区長から同所に居る理由を尋ねられると、同行の鼻戸社員が「用地杭製作のため服が汚れるのでぼろ服に着替えるためにここにいる。」旨答えたこと、同区長は「すぐに着替えて作業に就くように」と注意したが、同一審原告は何の返事もしなかったこと、同一審原告は同日の午後の勤務開始時刻である午後一時を五分すぎたころ未だに勤務に就いておらず、山際企画助役及び右同区長から、直ちに業務に就くように注意を受け、その後になって始めて就労したこと、朝の体操、点呼時の指差確認についてけじめがなく、その他一般に勤務態度、言動が良くなかったことが認められ、前掲各甲号証及び同一審原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は右認定を左右するに足りない。
(二) 以上の事実によると、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
17 一審原告浅野裕
(一) 証拠(甲八二、一七四、乙一四の二〇、一五の二一、二七、七〇、証人小池智慧登(原審及び当審)、一審原告浅野裕)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は昭和四三年国鉄に入社し、同五四年以降、呉駅の営業係として主に乗車券類の販売などを担当する出札業務に従事し、本件調査期間中も、出札における最古参の社員として同様の業務に従事していたこと、その際に担当者の氏名札の掲出をしばしば忘れ、現金引継書と現金とが一致しないことが生じたこと、古参社員として比較的新しい社員の指導が期待されていたが、その指導の姿勢に他組合員をも平等に指導していないとの声が聞かれるような点が見受けられたこと、本件調査期間中、制服の襟に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 乙第一四号証の二〇(下位者調書)には「非番に残り券簿上の整理方及び締切方等を後輩に指導した。」との記載があり、証人小池智慧登(原審)の証言によると、その記載自体は同一審原告に有利な記載ではあるが、その記載に付加して「指導のやり方に問題がある」との記載があり、「箇所長意見」欄には「指導のあり方」に「先輩として期待した程の成果が発揮されていない。」旨の記載があるうえ、乙第一五号証の二一(ヒヤリング調書)には「業務の指導を期待しているが、自分の所属する組合以外の社員には、あまり本気になって指導していない面がうかがえる。」との記載があり、これらの右当初資料に記載がある点から見ると、右の同一審原告に有利な事実は右認定を左右しえない。
(三) 一審被告は、同一審原告が、上司に対し、「あんたー」といった呼び方をしていたと主張し、これに沿う証拠として証人小池智慧登(原審及び当審)の証言及び同人作成の陳述書である乙第二七、第七〇号証が存在するが、右事実は当初の資料である下位者調書及び乙第一五号証の二一(ヒヤリング調書)に全く記載のないこと、及びこのような事実を否定する同一審原告作成の甲第七二号証、第一七四号証に照らして採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(四) 以上の事実を総合して考えると、一審原告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
18 一審原告豊田信文
(一) 証拠(甲八一、一七五、乙一四の二一、一五の二二、二七、七〇、証人小池智慧登(原審及び当審)、一審原告豊田信文)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四三年に国鉄に入社し、昭和五一年以降、広島駅及び呉駅の営業係として改札・集札業務などを担当し、本件調査期間中も、呉駅において同様の業務に従事していたこと、本件調査期間中、制服の襟に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告は同一審原告が点呼時の接客六大用語唱和の際頑として声を出さなかったと主張し、これに沿う証拠として、乙第七〇号証及び証人小池智慧登(当審)の証言があるが、これらの証拠は当審で提出されたものであるところ、当初資料である乙第一四号証の二一(下位者調書)にはそのような事実は記載されておらず、乙第一五号証の二二(ヒヤリング調書)及び乙第二七号証によれば、声が小さくあまり出ないとは記載されているが、「頑として声を出さなかった」という趣旨ではないので、声は出していたが、小さかったに過ぎないものと認められる。また一審被告は同一審原告が積極的に駅美化に努めようとする社員に対して非難したと主張し、これに沿う証拠として、乙第七〇号証及び証人小池智慧登(当審)の証言があるが、これらの証拠は当審において提出されたものであり、当初資料である乙第一四号証の二一(下位者調書)及び第一五号証の二二(ヒヤリング調書)には全くこの事実は記載されておらず、原審で提出された乙第二七号証及び証人小池智慧登の原審における証言でもこのことに触れていないことから、採用できない。したがって、一審被告が同一審原告について主張する減率事由イの事実は、これを認めるに足りないか、もしくは減率事由として相当でないというべきである。
社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 組合バッジの着用行為のみでは減率の理由として相当でないものであり、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
19 一審原告福本正彦
(一) 証拠(甲八四、一七六、乙一四の二三、一五の二四、二七、七〇、証人小池智慧登(原審及び当審)、一審原告福本正彦)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五六年国鉄に入社し、以後、構内係や営業係として勤務し、本件調査期間中は、呉駅において出改札業務のほか精算業務や各種案内業務などに従事していたこと、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告は同一審原告が点呼時の接客六大用語唱和の際頑として声を出さなかったと主張し、これに沿う証拠として、乙第二七号証、第七〇号証及び証人小池智慧登(原審、当審)の証言があるが、当初資料である乙第一四号証の二三(下位者調書)にはそのような事実は記載されておらず、乙第一五号証の二四(ヒヤリング調書)及び乙第二七号証によれば、声が小さくあまり出ないとは記載されているが、「頑として声を出さなかった」という趣旨ではないので、声は出していたが、小さかったに過ぎないものと認められる。また一審被告は同一審原告が積極的に駅美化に努めようとする社員に対して非難したと主張し、これに沿う証拠として、乙第七〇号証及び証人小池智慧登(当審)の証言があるが、これらの証拠は当審において提出されたものであり、当初資料である乙第一四号証の二三(下位者調書)及び第一五号証の二四(ヒヤリング調書)には全くこの事実は記載されておらず、原審で提出された乙第二七号証及び証人小池智慧登の原審における証言でもこのことに触れていないことから、採用できない。したがって、一審被告が同一審原告について主張する減率事由イの事実は、これを認めるに足りないか、もしくは減率事由として相当でないというべきである。
フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 組合バッジの着用行為のみでは減率の理由として相当でないものであり、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
20 一審原告塚本勝彦
(一) 証拠(甲五七、一七七、乙一四の二四、一五の二五、二八、四一の一ないし三、六八、六九、証人岩清水則夫(原審及び当審)一審原告塚本勝彦)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和三九年に国鉄に入社して以来、鉄道の電力分野の作業を担当していたが、昭和六一年八月から昭和六二年二月まで人材活用センターに配属され、同年四月一審被告に雇用された後は、広島電力区において、線路、電線、電力機器及び配電室等の保全、修繕、工事設計などの業務に従事していたこと、休日であった昭和六二年五月一六日、異常時における連絡や応急処置などに対応するための日直として他の社員一名とともに勤務していたところ、昼休み(午後〇時から一時までの一時間)を挟んだ午前一一時四〇分ころから午後一時六分ころまでの間、広島駅構内にある理髪店に理髪に行ったこと、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 同一審原告が異常時対応のための日直勤務時に理髪に行き持ち場を離れたことについてみるに、異常時対応のための日直勤務者は、通常の勤務日以上に、異常事態に速やかに対応することができるような態勢で勤務すべきであるから、急を要しない理髪のような用件で持ち場を離れるべきでないことは明らかである。
(四) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、この点を考慮しても、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
21 一審原告西海信利
(一) 証拠(甲七七、一七八、乙一四の二六、一五の二七、三六、六二、証人高橋正信、同吉原繁伸、一審原告西海信利)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五三年に国鉄に入社して以来、構内係及び運転係として勤務していたが昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、広島駅の売店における土産物や弁当などの販売業務に従事していたこと、同一審原告は、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告は同一審原告が上司をおまえ呼ばわりしたと主張し、これに沿う証拠として、乙第一四号証の二六、第一五号証の二七及び第三六号証があるが、右各証拠は、「あんたらー」と呼んだことがあるだけであるとの乙第六二号証及び証人吉原繁伸の証言に照らして採用できず、また甲第七七号証及び一審原告西海信利本人尋問の結果によれば、同一審原告が上司を「あんたら」と呼んだのは上司の態度に腹を立てた一回だけのことであることが認められる。また一審被告は同一審原告が執拗な抗議をし、常に反抗的であった旨主張し、これに沿う証拠として、乙第六二号証及び証人吉原繁伸の証言があるが、甲第七七号証、第一七八号証及び一審原告西海信利本人尋問の結果によれば、休憩室の設置等を要求したことはあったが、執拗な抗議とまで評価すべき状況ではなかったことが認められ、一審被告が主張する減率事由イの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 組合バッジの着用行為のみをもっては減率の理由として相当でないものであるから、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
22 一審原告吉本栄
(一) 証拠(甲四〇、七五、一七九の一ないし三、乙一四の二七、一五の二八、三六、八二、証人高橋正信、同石堂裕隆、一審原告吉本栄)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和四三年に国鉄に入社して以来、構内作業掛及び運転係操車担当として勤務しており、昭和五八年の個人別記録表には「まじめで頑張りがきき協調的であるが、組合意識が強い面もある」と記されており、服装についても丸印がついていたこと、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、広島駅における輸送係操車担当として車両の入換業務や誘導業務に従事していたこと、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用して勤務していたことが認められる。
(二) 一審被告は同一審原告は手持ち時間に積極的に作業指示を受けようとしなかったこと、制服がヨレヨレであり、頭髪も長くボサボサであったことを主張し、これに沿う証拠として、乙第一五号証の二八(ただし、制服に限る。)、第八二号証及び証人石堂裕隆の証言があるが、一審被告の主張する制服とは構内作業の際の作業着であること、頭髪の点は当初資料である乙一四号証の二七(下位者調書)及び第一五号証の二八(ヒヤリング調書)に全く記載がないことに加えて、甲第四〇号証、第一七九号証の一ないし三及び一審原告吉本栄本人尋問の結果に照らして検討すると、一審被告の主張に沿う前記各証拠は採用できず、他に減率事由イの事実を認めるに足りる証拠がない。
社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 組合バッジの着用のみをもっては減率の理由として相当でないものであるから、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められず、裁量権の濫用に該当する。
23 一審原告久保将樹
(一) 証拠(甲七八、一八〇、乙一四の二八、一五の二九、三六、六二、証人高橋正信、同吉原繁伸、一審原告久保将樹)及び弁論の全趣旨によれば、同一審原告は、昭和五七年に国鉄に入社して以来、構内係及び構内指導係として客車の入れ換え業務とそれに付随する業務に従事していたが、昭和六二年四月一審被告に雇用された後は、広島駅の売店における土産物や弁当などの販売業務に従事していたこと、同一審原告は、長めの頭髪のまま勤務したことがあったこと、本件調査期間中上司から、アノラックを脱ぐよう指導されたが、寒いからと言ってそのまま着用していたことがあること、本件調査期間中、上着に組合バッジを着用していたばかりでなく、大型バッジをも着用して勤務し、組合バッジにつき注意された際には壁によりかかる等の態度があったことが認められる。
(二) アノラックの着用について、甲第七八号証、第一八〇号証及び一審原告久保将樹本人尋問の結果によれば、脱ぐように指導した上司も寒いからという同一審原告の応答を了承したものと推認される点があり、社員意見発表、改善提案、フレッシュ二四キャンペーンと称する増収活動などに非協力的であったということが減率査定の理由として相当でないことについては、前記のとおりである。
(三) 以上の事実を総合して考えると、一審被告の主張中一部認められない点があるものの、右大型バッジを着用して勤務した行為があったのであり、その着用は前に小型のバッジについて述べた以上に減率事由となるものであるから、同一審原告に対する本件減率査定には、合理性が認められ、裁量権の濫用とはいえない。
五 以上の理由により、一審原告藤本敬三、同山田禮正、同村上雅春、同東城行宏、同小松謙二、同細川完勝、同藤野雅俊、同伊藤忠晴、同西岡広伸、同森淳、同隅正晴、同藤本明、同浅野裕、同塚本勝彦及び同久保将樹に対する本件減率査定には、合理性が認められるから裁量権の濫用に該当せず、不当労働行為にも当たらないが、一審原告阪倉一夫、同竹中信二、同松永美砂男、同峰岡敏夫、同豊田信文、同福本正彦、同西海信利及び同吉本栄に対する本件減率査定には、いずれにも合理性が認められないから裁量権の濫用に該当する。
本件夏季手当の支給に際しては、昭和六二年六月一九日に締結された協定により、基準額が同月一日現在における辞令面による基本給、都市手当及び扶養手当の月額の合計金額に2.1を乗じて得た額とされ、かつ、一審原告らは、本件調査期間において、いずれもその期間率が零であり、減給、戒告、訓告のいずれの処分も受けていなかったことは弁論の全趣旨により認められるのであるから、前記裁量権の濫用を認められた一審原告らは、一審被告に対し、同年七月三日に支給されなかった右基準額の五パーセント相当分の各金額につき、本件夏季手当の支払を求める権利を有するものと言わなければならない。
第四 結論
以上の理由により、一審原告藤本敬三、同山田禮正、同村上雅春、同東城行宏、同小松謙二、同細川完勝、同藤野雅俊、同伊藤忠晴、同西岡広伸、同森淳、同隅正晴、同藤本明、同浅野裕、同塚本勝彦及び同久保将樹の各請求は理由がないから棄却すべきであるが、その余の一審原告らの請求は理由があるのでこれを認容すべきである。
それゆえ、一審原告山田禮正の本件控訴は理由がなく、一審被告の本件控訴は右の趣旨にそう限度で理由があり、その余は理由がないこととなる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官東孝行 裁判官菊地健治 裁判官西垣昭利は転補につき署名、捺印をすることができない。裁判長裁判官東孝行)
別紙<省略>